頑張っているのに結果が出ないとき

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こんにちは。メディカル翻訳者&メディカルライターの山名文乃です。

今回は辛口記事です(...すみません)。

「どういう人が翻訳者になれますか(向いていますか)」という質問が寄せられることがあります。もちろん、まずは「興味をもつこと」だと思います。医薬翻訳者を目指すのなら「英語が好き」だけでは弱いので、医学薬学やサイエンスに対しても同じくらいか、それ以上の興味を持つことが大事だとお伝えしています。ところが最近、そういった興味だけではどうにもならない場合もあるらしい、と思うようになってきました。

残念ですが、ごく希に、ひょっとしたら翻訳者には向いていないのでは...と思われる方がおられます。決してやる気がないわけではありません。むしろ、絶対に翻訳者になる!と熱意をみなぎらせている方のほうが多いような気がします。私なりに思うのは、基本をおろそかにしたまま応用に走りたがる、自分の訳語や訳文に固執する、「私は、私は、」と主観的・感情的な発言が多い、などの場合が「黄色信号」です。

仕事として翻訳に携わるのであれば、そこには必ず対価が発生します。対価を支払うのはお客さまです。お客さまがその商品に価値があると認めるからこそ、報酬が発生し、翻訳者は収入が得られます。訳語や訳文、そこに至るプロセスに問題があることを受け入れたがらない方の多くは、自分目線で、自分の好みにもとづいて翻訳の真似ごとをしています。調べていて何となく心惹かれた、けれども大して根拠のない訳語や訳文を、どうしても使いたがる傾向にあります。ボランティアや趣味の翻訳であれば何ら問題はありません。ですが産業翻訳は、それでは成立しません。「職業としての翻訳はサービスである」という観点がぽっかり抜けたまま、一生懸命に翻訳演習だけを繰り返しても、おそらくその努力は実らないのではないでしょうか。

文字で書くと簡単なようですが、実はなかなかに難しい「相手目線」。翻訳というのは憧れが先行しがちな職業です。でもひとたび仕事となれば、自分が楽しく取り組むことも大事ですが、「相手の為に行っている」という意識を忘れてはならないのだと思います。耳が痛い内容で申し訳ありませんが、ごく希にいらっしゃる、夢と霞を追いかけて時間とお金を費やし過ぎてしまう方が少しでも減ってくれれば...と思って書いています。

リンカーンの言葉にもあるように、意志や熱意のあるところには何らかの道は拓けると思います。ところが努力の方向性が違っていると実りにくいのも事実です。目標に向かって努力した結果、達成できるのであれば、とても素晴らしく幸せな出来事だと思います。一方で、地に足を着けて今の自分に出来ることをする、必要とされるところで力を尽くすのも、同じくらいに素晴らしいことだと思うのです。

あくまで一個人の見解ですが、何かのヒントになれば幸いです。

それではまた。