当たり前は当たり前?

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「これくらいはやって当たり前」

 

「これくらいは出来て当然」

 

私もついつい思ってしまうので気をつけているのですが、誰かの当たり前は万人の当たり前ではありません。

 

たとえば「待ち合わせといえば30分前集合」と固く信じるAさんと「時間ちょうどが礼儀」と考えるBさん。BさんがAさんに良い印象を持って貰うのは難しそうです。

 

私は周りからよく「当たり前の基準が高すぎる/厳しすぎる」と言われます。確かにそうなんだと思います。思い当たるふしはあります。だから人に何かを伝える時にはとくに注意して、気持ちをゆるめて言葉を選ぶようにしています。

 

自分の当たり前が相手にも当たり前とは限りません。

 

たとえ話をもう一つ。

 

翻訳の仕事で「納期は15日」と言われたら実際にはいつ納品すればよいのでしょうか。朝でしょうか、お昼頃でしょうか、夕方でしょうか、23時59分迄でしょうか。事前に確認を入れる人はどれ位いるのでしょうか。おそらく締切当日のどこかに納品する翻訳者が多い中、どんなときも必ず締切3日に納品する人がいたらどうでしょうか。依頼主にはどういう印象を与えるでしょうか。

 

でもひょっとしたら、その方にとっては特別なことではなく「当たり前だからそうしている」に過ぎないかも知れません。

 

目標を達成したいときや、大きな成果を上げたいとき、誰にも真似できないような離れ業を目指すよりも、どんな状況でも自分が信じる「当たり前」を淡々と続け、同時に、その基準線を1ミクロンでも引き上げる努力をしていくことのほうがずっと効果的ではないかと思えてなりません。

 

それではまた。