翻訳者がいらない世界は来るのか

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こんにちは。メディカル翻訳者&メディカルライターの山名文乃です。

 

最近急に、過去に書いたAIと医薬翻訳の未来予測へのアクセスが集中しています。個人的な見解を書いた記事でしたが、諸事情によりずいぶん前に削除しています。

 

ところが依然としてアクセスがあります。

 

察するにMTサミットが近いこともあって機械翻訳の精度向上や今後の見通しに一層の関心が高まっているのでしょう。記事を読めずにがっかりした方、ごめんなさい。

 

ところで翻訳者にとってAIは脅威なのでしょうか。

 

おそらくは得体が知れないからこその脅威であって、まずは相手を知ることが先決ではないでしょうか。その上で戦略を練るのが大事だと思います。

 

私見ですが、産業翻訳の世界では、なにか翻訳者を脅かす出来事が起こると、では安全な分野はどこか?という発想に至る方が多いように見受けられます。最近ではリーマンショックがよい例で、当時も不景気に強いと言われる医薬翻訳に興味を持つ方が増えたと聞きます。そして今ふたたび、似たような理由で注目が集まっているのを感じます。

 

ところで「安泰な分野」などあるのでしょうか。そこに居さえすれば誰でも黒船にも動じず悠々としていられるのでしょうか。

 

そんな筈はないと思います。

 

では翻訳の用途や種類によるのでしょうか。○○は機械で代行できるとしても△△は人間が手で行うというふうに区別されていくのでしょうか。

 

AIにできること・できないことは巷で散々言われていますし、私はその専門家ではありませんので具体的には控えます。ただ、もし出回っている情報のとおりだとすれば、今までよりは需要が縮小するとしても、完全にすべてがMTやMT+PEに置き換わるとも考えにくいようにも思われます。

 

だとすれば、その限られた仕事ができるようになればAIと棲み分けていけるのでしょうか。

 

そんな単純な話ではないと思います。

 

どの分野でどんな仕事をしていようと、淘汰される人は淘汰され、生存する人は生存する。

 

AIが進化しようが他のどんな脅威がやって来ようが、消える人は遅かれ早かれ消え、残る人は残るべくして残る。

 

そういう世界なんだと思います。

  

振り落とされない一定以上のスキルがあり、独り善がりにならず謙虚に自分を磨き続ける姿勢があることが大前提です。それでも杓子定規に「ここなら安心」などという安住の地はなく、明暗を分けるのは何かを知っておくことのほうがずっと建設的ではないでしょうか。いっそ逆転の発想で「翻訳者のいらない世界」を想定してみると、思いがけないヒントが見つかるかも知れません。

 

ちょうど先日参加したセミナーでもとても大切なことを教えていただきました。

 

キーワードは「人」そして「価値」。

 

チャールズ・ダーウィンという有名な自然科学者が示唆に富む言葉を残しています。

 

「最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるでもない。 唯一生き残るのは、変化できる者である。」

「自然淘汰とは、有用でさえあれば、いかに小さな事であろうとも保存されていくという原理である。」

「科学とは事実を整理すること。それによって普遍的な法則あるいは結論を見出せるのである。」

 

それではまた。